『遠い山なみの光』カズオ・イシグロ

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作者のデビュー作で久しぶりに再読した。

題名は作品に出てくる実際の山並みのこともあるだろうが、遠い記憶も指している感じがする。

 

長崎が舞台になっている。作者は長崎に生まれて5歳の時に家族とイギリスに渡っている。故郷-どこまで覚えているか分からないが-の情景は記憶と想像の上にあるのだろう。

物語は、英国に住む主人公の悦子が、戦後間もない(1950年代)長崎での過去を回想する。長崎に住んでいた悦子は、長女の景子が小さい頃に夫と離婚、イギリス人と再婚してイギリスに移り、次女のニキが生まれている。時間をかけて回想するのは、景子の出産を控えた悦子が出会ったある母娘との思い出だ。

この母(佐知子)は恋人のアメリカ人と娘(万里子)と共に、アメリカへの移住を計画している。しかし万里子は移住を嫌がりアメリカ人のことも毛嫌いしている。

一方、景子がイギリス人の夫をどう思っていたかハッキリした記述は無いが、次女ニキの発言などから両者の関係は悪かったと推察できる。

悦子と景子、佐知子と万里子の関係は、次第に境遇が重なるような感覚を覚える。悦子は佐知子を通して自分のことを話しているような。

作者は端正な筆致で淡々と描写する。悦子の回想は記憶が曖昧なところがあるが、浮かび上がってくる彼女の人生は胸を打つものがある。

作者の他の作品にも見られる、時代に翻弄されながらも懸命に生きている人達への温かな情感、眼差しが感じられるのがとてもいい。

原作の英文は難しくなくて読みやすい。分からない単語があっても、まあすぐに確認できるし。