『スリーピング・マーダー』アガサ・クリスティー

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久しぶりにアガサ・クリスティを読んでみた。

ニュージーランドから英国に来た新婚の妻グエンダは、夫と二人で家を探していた。
そして一目で気に入ったヴィクトリア朝風の新居になぜか既視感を抱く。初めての家のはずなのに、石段、ドアなどを知っているような気がして不安に感じる。


さらに、戸棚の中からは彼女が思い描いた模様の壁紙が現れた。その後、その家で殺人があった記憶が蘇って、というミステリ。

グエンダは夫のジャイルズと真相に迫ろうとする。ミス・マープルも2人を助ける。

 

謎解きはゆったりとしたテンポで進む。少しずつ事件が明らかになる緊張感もいい。
ミス・マープルの鋭い推理が見どころなのだが、トリックは大したものではなく、それよりも心理描写が見事で読み応えがある。

クリスティーポアロシリーズが知られているが、ミス・マープルの観察眼と何気ない会話から糸口をつかむ展開もいい。

恩田陸の解説が良かった。そこに書かれているけど、クリスティーの作品は寛いで読めて安心感がある。「幸福な読書の象徴」、その通りだと思う。

 

(追記)
次は、フォロワーの方のお勧め『上流階級 富久丸百貨店外商部 其の一』高殿円を読みたい。面白そうで楽しみだ。

 

『盲目的な恋と友情』辻村深月

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この作者の作品を『鍵のない夢を見る』に続いて読んでみた。フォロワーの方に教えてもらった本だ。

 

「恋」と「友情」の2部構成で、大学の管弦楽団が舞台になっている。冒頭の結婚式の場面から、不穏な空気が漂う。

「恋」では、蘭花とプロの指揮者茂美の恋愛が描かれる。茂美の恩師の夫人の登場から雰囲気が変わる。

また「友情」では、「恋」の物語が留利絵の視点から語られる。

 

そして、「恋」の最後に起きた事件の真相が明らかになるのだが、これが衝撃的な結末だった。愛憎の絡み合い、心理の葛藤の描写が見事だ。

『鍵のない夢を見る』と同じようなミステリ仕立てで、こうした2部構成は初めて読んだが、うまくまとまっていた。また、個人的には美波をもう少し前面に出してもよかったと思うが、まあこれは作者が脇役に決めたのだから、言っても仕方がないけど。

読み始めるとページを閉じることができないほど引き込まれる。面白かった。

『鍵のない夢を見る』辻村深月

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積読にあった本で、この作者は初めて。フォロワーの方が読みやすいと言っていて、その通りで楽しめた。もっと早く読むんだった。

 

ミステリー的な5作の短編連作集。高い文章力、ストリーテラーとしての素晴らしい才能を感じた。直木賞を受賞したのも分かる。

地方都市に住む女性の、閉塞感や苛立ちがうまく表現されている。『ここは退屈迎えに来て』(山内マリコ)も同じテーマだけど、『鍵のない夢を見る』の方が何と言うか、もう少し大人な感じの小説だ。

 

「芹葉大学の夢と殺人」の悲しくなるけどリアルさを覚える展開が印象に残った。
またザラッとした雰囲気の話が多いなかで、「君本家の誘拐」には光、救いが見える。

他の作品も読みたい。候補は、面白いと教えてもらった『盲目的な恋と友情』で楽しみだ。

『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』村上春樹

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先週「村上RADIO」を聴いてたら、ゲストの山中伸弥教授がこの本について話していて、久しぶりに再読してみた。このラジオ番組には他に高橋一生も出ていて、村上作品を朗読していたのだが、とても上手いのに驚いた。

 

名古屋の高校に通う男女5人-乱れなく調和する共同体-の中で多崎つくるだけが東京の大学に進学する。そして大学2年の時に突然4人から絶縁される。

卒業後就職して36歳になった多崎つくるは、恋人の沙羅から、あなたの過去の傷はまだ血を流している、と言われて4人を探す巡礼の旅に出る。

 

青春の喪失の物語で、謎を探し求めるというこの作者の手法(seek and find)が楽しめる。フィンランドに4人のうちの1人(クロ、女性)を訪ねるところがクライマックスで、ここの描写は素晴らしかった。

作者の描く、円熟した小説世界、文体を堪能できる作品だ。そして謎が残るところもこの作者ならでは。
ラジオで山中教授は、多崎つくると恋人の沙羅のその後が気になったようだが、それはまあ、書かれないで終わるでしょう。

『遠い山なみの光』カズオ・イシグロ

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作者のデビュー作で久しぶりに再読した。

題名は作品に出てくる実際の山並みのこともあるだろうが、遠い記憶も指している感じがする。

 

長崎が舞台になっている。作者は長崎に生まれて5歳の時に家族とイギリスに渡っている。故郷-どこまで覚えているか分からないが-の情景は記憶と想像の上にあるのだろう。

物語は、英国に住む主人公の悦子が、戦後間もない(1950年代)長崎での過去を回想する。長崎に住んでいた悦子は、長女の景子が小さい頃に夫と離婚、イギリス人と再婚してイギリスに移り、次女のニキが生まれている。時間をかけて回想するのは、景子の出産を控えた悦子が出会ったある母娘との思い出だ。

この母(佐知子)は恋人のアメリカ人と娘(万里子)と共に、アメリカへの移住を計画している。しかし万里子は移住を嫌がりアメリカ人のことも毛嫌いしている。

一方、景子がイギリス人の夫をどう思っていたかハッキリした記述は無いが、次女ニキの発言などから両者の関係は悪かったと推察できる。

悦子と景子、佐知子と万里子の関係は、次第に境遇が重なるような感覚を覚える。悦子は佐知子を通して自分のことを話しているような。

作者は端正な筆致で淡々と描写する。悦子の回想は記憶が曖昧なところがあるが、浮かび上がってくる彼女の人生は胸を打つものがある。

作者の他の作品にも見られる、時代に翻弄されながらも懸命に生きている人達への温かな情感、眼差しが感じられるのがとてもいい。

原作の英文は難しくなくて読みやすい。分からない単語があっても、まあすぐに確認できるし。

『百の夜は跳ねて』古市憲寿

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この作者の小説は初めてだ。評論は新書で何冊か読んだことがあるけど。

 

就活に失敗して高層ビルのガラス拭きをしている若い男性が主人公。幻聴に悩み、生きている実感をなかなか持てない。

生まれるのも死ぬのも禁止されている島の寓話から始まる。生死がテーマの一つになっている。

彼は仕事中に知り合った高層マンションに住む老婆から、ビル内部の写真を撮ってきて欲しいと依頼される。2人は会ううちに、互いの孤独、生と死について話すようになるが…という物語。

 

色んな素材-情報や言葉など-を巧みに組み合わせて書いていて、都会のザラザラした感触が伝わってくる。孤独や生と死の境目の言葉が印象的。読後感は良かった。前作の『平成くん、さようなら』も読んでみたくなる。

 

この作品は芥川賞候補になっている。芥川賞の選評をネットで読んでみたが評価は低かった。
個人的にはこの賞は吉本ばなな村上春樹が獲ってなくて運もあると思っているけど。あと舞城王太郎も受賞してないな(舞城王太郎については書いてみたい)。まあ賞は意識せずに次作を書いてほしいと思う。 

映画 『ダンスウィズミー』

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矢口史靖監督のコメディ・ミュージカル、そしてロードムービー


子供の時の経験からミュージカル嫌いになったOLの鈴木静香(三吉彩花)は、マーチン上田(宝田明)の催眠術にかかって(これはいかにも怪しげだが)、音楽を聞くと歌い踊る体質になってしまう。

催眠術を解きたい静香はマーチン探しに探偵(ムロツヨシ)を雇うが上手くいかない。そこで彼のアシスタントだった(やしろ優)と共に、各地で催眠術ショーをするマーチンを追いかける。この辺りからロードムービーになり新潟、弘前、札幌を旅して、途中で路上シンガーと出会ったりする。

 

この監督らしい軽快な娯楽作で楽しめる。好きなのは、三吉彩花がオフィスで歌いながら踊るシーンでここはまた観たい。まあ歌は古いのが多いし、三吉彩花のダンスもそこそこなのだが面白かった。観た後は元気になれたし。


個人的にはロードムービーが好きで、そこも楽しめた。車で夜に高速を走るシーンが好み。以前国分寺に住んでいて、また大学が国立市にあって、何かと中央高速で出かけていたのだが、それが楽しかったためかな。

(追記)
次に読みたい本
・『百の夜は跳ねて』古市憲寿

少し読み始めたのだが、なかなか面白い。

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